ノコギリクワガタを語る上で欠かせないのが、同種でありながら全く異なる姿を見せる大あごの多型現象です。釣り鐘のように湾曲した迫力ある大歯型(通称:水牛型)、中程度に湾曲した中歯型、そしてハサミのように直線的で短い小歯型(通称:ノコ型・原歯型)が存在します。
かつては「別種ではないか」と誤解されることもありましたが、昆虫生理学および発生生物学の研究により、この形態差は幼虫期間の栄養蓄積量と温度環境、そして成長速度によるアロメトリー(不等成長)によって生じることが実証されています。
幼虫が豊かな腐植土や菌床から十分なタンパク質・炭水化物を摂取し、適度な低温下でじっくりと体重を増やした場合、幼虫体重はピークに達します。蛹化(ようか)の段階で分泌される幼若ホルモンとエクジソンの濃度バランスにより、頭部および大あごの原基へ優先的に栄養が分配され、結果としてダイナミックな大歯型が形成されます。
対照的に、高温下で早期に蛹化してしまったり、餌の栄養価が低く幼虫体重が乗らなかったりした個体は、体全体のサイズが小さくなると同時に大あごへのリソース配分が抑えられ、直線的な小歯型として羽化します。つまり、水牛型の勇壮な姿は「恵まれた成育環境を生き抜いた証」に他なりません。