大相撲の長い歴史において「鬼」の異名を冠された力士は決して多くない。その筆頭が、第45代横綱である初代若乃花幹士だ。鬼気迫る形相で土俵際を踏みとどまり、絶体絶命の体勢から繰り出す「呼び戻し」は、相手もろとも土俵外へと叩きつける一撃必殺の神技だった。
昭和30年代、日本中を二分した熱狂の渦「栃若時代」。ライバル関係は作られたエンターテインメントではなかった。土俵上での対峙は、まさに生存をかけた果たし合い。張り手の音が館内に乾いて響き、互いの呼吸が擦れ合う。当時の勝負の真相を紐解くと、単なる技の応酬を超えた、魂の削り合いと呼ぶべき執念が横たわっていたことがわかる。