ステージの上にぽつりと立つ、小柄なシルエット。しかし、彼がアルトサックスに息を吹き込んだ瞬間、空間の密度が変わる。2026年春にスタートした全国ツアーの初日、観客が目撃したのは、技術の誇示ではなく「音そのもの」と戯れる純粋な演奏家の姿だった。
長年のファンなら誰もが知る名曲のメロディも、その夜の空気に合わせて刻々と形を変えていく。テンポを微妙に揺らし、フレーズの語尾にふっと込める溜め。即興演奏(インプロヴィゼーション)とは、過去の練習の再生ではなく「今、この瞬間の感情の吐露」であることを、彼は身体全体で証明してみせた。
楽屋口で取材に応じた若手セッションミュージシャンは、「貞夫さんの音には無駄な音が一切ない。息の一すじまでが音楽になっている」と感嘆の声を漏らす。引き算の美学によって削ぎ落とされた音色には、神聖な静寂すら宿っていた。