事件の舞台となったのは、冷たい雨が降りしきる冬の朝だった。日本信託銀行国分寺支店を出発した現金輸送車(日産セドリック)は、東京芝浦電気府中工場の従業員4523人分の冬期ボーナス、計2億9430万7500円を積載していた。工場まであと数百メートルという府中刑務所裏の通りで、白バイ仕様に偽装されたヤマハのオートバイが車を静かに制止する。
「巣鴨支店長の自宅が爆破された。この車にもダイナマイトが仕掛けられているかもしれない」
事前に銀行へ届いていた脅迫状の記憶が生々しい運転手たちは、躊躇なく車を降りた。偽警官は車輪の下に潜り込み、発炎筒を焚いて「爆発するぞ、逃げろ!」と叫ぶ。立ち込める白煙にパニックとなった行員たちが避難したわずか数秒の間隙を突き、男は輸送車ごと現場から走り去った。暴力も発砲も一切伴わず、心理的な盲点だけを突いて大金を奪取した手口は、あまりにも鮮やかで冷酷だった。