日本社会には、犯罪者の身内に対しても連帯責任を問う「世間」の論理が根強く残っている。特にオウム真理教のような国家転覆を企てたテロ組織の場合、その子供たちに向けられる刃は極めて鋭い。子供たち自身は事件当時、意思決定能力のない幼児や未成年であったにもかかわらず、だ。
就職の拒否、アパートの入居拒否、大学への入学拒否。これらはすべて、彼女たちが実際に直面してきた現実である。「親の罪は子の罪なのか」という倫理的問いに対し、法的な答えは「ノー」である。しかし、社会的な実態は限りなく「イエス」に近い。このギャップが、彼女たちを社会の底へと押し流していく。