2014年12月8日。その日は突然訪れた。自宅で急激な頭痛に見舞われ、意識を失った米良美一氏。搬送先で告げられた診断名は「くも膜下出血」だった。脳内の血管が破裂し、命の灯火が消えかける極限状態。すぐに緊急手術が行われたが、医師から家族へ言い渡された生存率は「50%未満」というあまりに厳しい現実だった。
一命は取り留めたものの、待っていたのは意識不明の重体と、術後の脳血管攣縮(れんしゅく)という二次的な危険期だった。約1ヶ月におよぶ集中治療室での闘い。声が出せるのか、歩けるようになるのか、記憶は戻るのか。一歩間違えれば重度障害が残る状況下で、彼は暗闇のなかを彷徨い続けていた。