高校サッカー界の名門・桐光学園時代、ボールを持てば何かが起きると確信させる圧倒的なテクニックでスカウトの目を奪った。セレッソ大阪への加入が決まった当時、誰もがその後の直線的なステップアップを疑わなかったはずだ。
しかし、プロの世界は甘くなかった。持ち前のドリブルやスルーパスが警戒される中、出場機会を求めてサガン鳥栖やいわきFCといった環境へ身を投じる決断を下す。強度の高いフィジカルコンタクト、前線からの連動したプレス――スタイルが異なるクラブでのタフな揉まれ合いこそが、潜伏期間と思われた数年間で彼の殻を破る糧となった。