巨大な木造船が、南シナ海の荒波を蹴立てて進む。船首に翻るのは、徳川将軍から下賜された朱印状だ。
2026年春、ハノイ国立大学と日本の共同研究チームが発表した文書は、学会に大きな激震を走らせた。17世紀初頭、ベトナムの中部ホイアンに拠点を置いていた末吉家の貿易船「末吉船」に関する未公開の売買記録が見つかったのだ。そこには、生糸や鹿皮の大量調達だけでなく、現地高級官僚との高度な交渉や、為替の決済システムに関する詳細が記されていた。
当時、日本からの主要輸出商品は「銀」だった。末吉家はその豊富な資金力を背景に、ルソン(フィリピン)や安南(ベトナム)、トンキンなど東南アジア各地に独自の現地代理人を配置。台風のリスクや海賊の脅威を回避するため、徹底した分散投資と情報網の構築を行っていたことが判明している。単なる一発当ての冒険商人ではなく、リスクを極限まで抑えた巨大物流企業としての姿がそこにはあった。