当時30歳を迎えていた木村拓哉が、なぜこれほどまでに巨大な社会現象を巻き起こすことができたのか。その背景には、タレント個人のビジュアルやカリスマ性だけに留まらない、時代背景とパーソナリティの完璧な合致が存在していました。
2000年代初頭の日本は、長期化する不況と就職氷河期の余波が色濃く残り、社会全体に閉塞感が漂っていた時期です。そうしたなかで描かれた新海元という男は、単なるスマートなエリートではありませんでした。理不尽な壁にぶつかり、泥臭く悩み、時には上司に噛みつきながらも「目の前のフライトと乗客の命」に真摯に向き合う――その愚直なプロフェッショナリズムが、傷ついた日本社会の働く人々の心に強烈な希望の光を灯したのです。
加えて、木村拓哉自身が結婚や第1子の誕生を経て、20代の「時代の反逆児・ファッショントップランナー」から、「大人の責任を背負いながら自らの足で立つ本格派表現者」へと脱皮を遂げたタイミングでもありました。テレビ画面越しに伝わる圧倒的なリアリティと熱量は、「何をやってもキムタク」という一部のステレオタイプな批評を完全に吹き飛ばす説得力を持っていたのです。