2010年代初頭、中国の富裕層の間で巻き起こった空前の愛犬ブーム。その頂点に君臨したのが、1頭1,500万元(約2億4,000万円)で売買されたという伝説を持つ「赤毛のチベタン・マスティフ」だった。高級外車や邸宅に代わる新たなステータスシンボルとして、煤煙の立ち込める都市部の邸宅へと買い叩かれていった歴史がある。
狂騒曲とも言えるブームが去り、乱繁殖や市場の沈静化を経て、現在の市場価格は劇的な変化を遂げた。一時期の異常な高騰は影を潜めたものの、血統の純粋性を極めた「幻の1頭」には、現在も数千万円から1億円超の値がつく。ヨーロッパの石油大豪や中東の王族、アメリカのテック長者たちが狙うのは、単なるペットではなく、歴史を宿した「生きた彫刻」としての価値だ。
一方で、飼育環境のハードルは極めて高い。成犬の体重は80キログラムを超え、毎日の食事量や温湿度管理された専用ガレージの維持費だけでも年間数百万円単位のコストが飛ぶ。富裕層が魅了され続ける理由は、単なる見せつけではなく、この巨体を御すること自体が選ばれた者にしか許されない贅沢だからに他ならない。